地学団体研究会埼玉支部

日曜地学ハイキングの記録


 第51回〜第60回(1971年4月〜1972年5月)


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第51回 岩殿丘陵 1971年 4月18日

 今回から日曜地学巡検から日曜地学ハイキングと改称した。新聞で案内を掲載してもらえるようになった。








 

{第120回への足あとから}(参加者 78名)

岩殿観音付近で

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第52回 奥武蔵山地 刈場坂峠・大野峠 1971年 5月16日

 5月16日、第52回日曜地学ハイキングとして、正丸峠−刈場坂峠−芦ヶ久保のコースを歩いた。その際、刈場坂峠近くの石灰岩体から珊瑚の化石を発見した。従来、この付近からは化石未発見のところなので貴重な発見である。
 化石は破片であるし、風化面では床板サンゴ類と思わせたが、帰ってきて薄片にしてみると四射サンゴの破片であることが判明した。たぶん Wargenophyllum の類と思われるが細かなことはわかっていない。時代は恐らく二畳紀下部と思われる。

{「秩父の峯」から}(参加者 82名)

堀口さんの説明

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第53回 皆野町親鼻・金崎の結晶片岩 1971年 7月25日

(参加者 64名)

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第54回 養沢鍾乳洞・御岳 1971年10月17日

(参加者 32名)

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第55回 秩父盆地ようばけの地層と化石 1971年11月14日

 晩秋の秩父路は快晴の下、絶好のハイク日和。西武秩父駅から乗ったバスを信濃石で降り、赤平川に向かう。段丘崖の急崖をすべり降りて河原に立つ。そこで一通りの地層の説明を受ける。左岸を歩き続け、赤平川の蛇行部にさしかかると、深みがあって渡れない。
 すると、渡るに渡れず、戸惑っている我々の前に一台のダンプが現れた。河川改修?のダンプである。「渡りに船」ならぬ「渡りにダンプ」とはこのことか。我先に空のダンプに飛び乗り、枠につかまる。ダンプは赤平川を一気に豪快に渡ったのである。ダンプに乗れた一同は大喜び、大満足、運転手の好意に感謝した。
 川を渡った一同はみことなスランプ構造(正確にはコンポリュート構造)を見学した。河原で昼食後、ヨーバケ(“ようばけ”の表記が正しいことを最近知った)へ移動し、カニや二枚貝などの化石採集をして一日を終えた。

{千代田厚史(200回総括誌から)}(参加者 61名)

ダンプに乗って川を渡る

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第56回 飯能・竹寺付近の秩父帯 1971年12月19日

(参加者 47名)

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第57回 秩父の羊山・長尾根の段丘 1972年 2月20日

(参加者 31名)

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第58回 円良田湖付近の結晶片岩 1972年 3月26日

(雨天中止)

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第59回 円良田湖・玉淀ダム付近の結晶片岩 1972年 4月30日

(参加者 72名)

波久礼駅で町田二郎さんの説明

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第60回 堂平山・白石峠の緑色岩類  1972年 5月21日

(参加者 81名)

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